羽柴秀勝公の菩提寺

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 当妙法寺は、長浜城主羽柴秀吉公の長男(初代)秀勝公の菩提寺です。秀勝公の誕生祝いに秀吉公から町民に配られた砂金を基に、長浜曳山祭りが始まったと言われています。

 

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chikubu-shima50%.jpg 「竹生島奉加帳」(宝厳寺所蔵)       

に御名の見える 「石松丸」が秀勝公の幼名、「南殿」がご生母、といわれています。

 

 無事成長されていれば、日本の歴史も より自由な展開をしたかも知れませんが、残念ながら天正4年10月14日夭逝、当寺・東奥の墓所に葬られました。

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hide-byo.jpg 平成14年墓所を現境内にお移しした際、長浜市教育委員会歴史文化課の発掘調査により、安土桃山時代初期大名様式「石囲い箱棺墓」が出土し、秀勝公の実在が裏付けられました。 (平成16年長浜市指定文化財)

三人秀勝公 と 浅井三姉妹 お江の方

 秀吉公は初代秀勝公の没後、養子を迎え同じ秀勝と名乗らせました。go-hanako.jpg
実子 秀勝公を哀惜する秀吉公の親心が しのばれます。
 第二 於次秀勝公は、織田信長公の四男
 第三 小吉秀勝公は、秀吉公の姉 とも (関白秀次公の)、浅井三姉妹 お江の方と結婚しましたが、朝鮮の役で病没しました。  (平成24年NHK第50回大河ドラマ「・女たちの戦国」に取り上げられました。)

自由進取の 羽柴豊臣家 と 妙法寺の教風

 非運の秀勝公でしたが、自由進取の羽柴豊臣家の 家風と魂魄は、
妙法寺の教風と「21世紀現代仏教運動」に引き継がれております。
                                        ⇒法華心経のお寺

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